本記事は不動産ライターによる寄稿です。
自動車や日常のリサイクル品を売る時もそうですが、不動産も売る時には基本的に「所有者」が売買契約の主体となって動かなければなりません。
親の不用品をこっそり売却することも罪ですが、不動産の場合金額が大きいこともあり、トラブル防止の為に権利がない者が勝手に売却することはできないようになっています。
この章では実家を片付け・売却処分するための権利を手に入れる方法について確認していきます。マンション売却体験談も参考にしてみて下さい。
子に生前贈与する
親が介護サービス付きの施設に入ることになった、子どもの家に移り住んで同居することになった等の理由で、現住の家が不要になった場合、その実家を子どもに贈与することで子に所有権を移すことができます。
子は実家について所有権を得るので、貸し出して家賃収入を得たり、売りに出すことができるようになります。
生前贈与によって子に所有権を移す場合は、贈与を受ける子の方に贈与税が課税されるので税金面での注意が必要です。
子が代理人として売る
親が生きていて判断能力もある場合、子を代理人として指定し、売却の手続きを任せることも可能です。
この場合所有権は子に移転されていないので、あくまで所有権者である親の代理として動くだけです。
しかし代理による売却では、委任状があったとしても買い主側としては被代理人(依頼者となる親)に本当に売却の意思があるのか、それ以前に詐欺ではないかなどを勘繰らなければならず、リスクを背負うことになります。
そのため通常の取引よりも各種の確認作業に時間をかけたり、追加で説明を求めることもあります。
代理による売買では思ったようにスムーズには進まないこともあり、一定の時間と手間をかけて相手に信用してもらうように努力が求められます。
家族信託を利用する
家族信託は信頼できる家族に財産の活用を任せ、その財産から生じる利益を受益者に還元するという特殊なスキームをとる方法です。
家族信託には委託者、受託者、受益者となる者がいます。
親の家を売るという場合、例えば親が委託者になり、受託者となる子に自宅を信託することで子が自宅を売ることができるようになります。
この時、親を受益者とすれば、売却で得た利益は子を経由して親が手にすることができます。
親が子に自宅を信託する時には、形式上所有権が子に移転され売却が可能になります。
ただし信託契約に基づき、売却から発生した利益は子が一旦手にしても受益者となる親のために利用しなければなりません。
信託契約上では、売却が必要となるまでは親が自宅に住み続けられるようにすることももちろん可能です。
家族信託は、例えば親が将来認知症になった場合自分で売却することができなくなるので、そのような事態に備えて必要になった時に子が売却できるようにしておくという予防的な利用が可能です。
子が成年後見人になる
すでに親が認知症になり判断能力が相当落ちている場合には有効な契約ができません。
従って生前贈与契約や代理契約、信託契約も結ぶことができなくなります。
この場合、親に代わって子が実家を売るには「成年後見制度」を利用することになります。
ただこの制度を利用するには大変手間がかかり、柔軟性のある運用ができません。
まずは家庭裁判所に成年後見人の申立てをして、子を親の後見人に指定してもらう必要があります。
しかしこれだけでは実家を売ることはできません。
実家を売るには家庭裁判所の許可を別に取らなければならず、許可を得るには売却の必要性を訴えて裁判所を納得させなければなりません。
売却の理由はなんでも良いわけではなく、例えば生活費が足りないとか、施設に入るのでその入所費用が必要であるなどの合理的な理由が求められます。
生前贈与と相続の違い
生前贈与は親が生きているうちに子に所有権を移転するもので、親との子の間の契約により行われるものです。
従って親が生きているうちに子が実家を売却することができますが、生前贈与をせずに親が亡くなってしまうと相続が起きます。
相続は契約ではなく、子が相続を承認することで親の財産が引き継がれることになります。
相続によっても子は所有権を得ることができるので、相続後に売却することはできます。
親の死亡後の話ですので、生前に財産を売るということは相続ではできないことになります。
また相続の場合、親の借金も相続の対象になるため、例えば親の借金が多く、現預金や不動産などプラスの財産をまとめても借金などのマイナスの財産に及ばず、収支がマイナスになる場合は、相続を承認すると借金の返済に追われることになります。
このような時は、子は相続を放棄して相続財産を引き継がないことを選択できますが、その場合は実家も相続できなくなるので、当然売却することもできなくなります。
名義変更(所有権移転登記)の流れと必要書類
では贈与による場合と相続による場合の所有権移転登記の流れや必要書類について見てみましょう。
贈与と相続では必要書類が異なりますが、同じ贈与や相続でも、個別のケースで必要物が変わってくることがあります。
ここでは一般的な必要物について見ていきますが、個別のケースでは登記を行う法務局に事前に問い合わせるようにしてください。
<贈与の場合>
贈与の場合、対象不動産を管轄する法務局で、贈与者と受贈者(贈与を受けた人)が共同で登記申請をします。
もしどちらかが他方に手続きを委任する場合は下記に加えて委任状が必要になります。
必要書類としては以下の物があります。
- 登記申請書
- 贈与契約書(原本)
- 贈与不動産の登記識別情報または登記済証
- 受贈者の住民票の写し
- 贈与者の印鑑証明書
最初の登記申請書については下記法務省サイト内の「5)所有権移転登記申請書(贈与)」でダウンロードすることができます。
<相続による場合>
相続による場合も管轄の法務局で手続きを行いますが、相続では所有権を得た登記権利者が単独で行えます。
代理人によることも可能ですが、その場合は委任状が必要になります。
基本的な必要書類は以下になります。
- 登記申請書
- 遺言書または遺産分割協議書
- 被相続人の戸籍謄本(死亡時から出生まで)及び住民票の除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 相続人全員の印鑑証明書
- 対象不動産の登記事項証明書
- 対象不動産の固定資産評価証明書
相続による登記申請書は遺言によるのか遺産分割協議によるのかなど、ケースに応じて書式が変わります。
下記サイトの18番から22番までの申請書を使い分けてください。
注意点
実家の売却が親の死亡後、つまり相続発生後であれば問題になりませんが、親の生前に実家を売りたい、売らなければならない事情ができたという場合、親が自分で動ければいいですが高齢になるとなかなか自分で煩雑な手続きをすることは難しくなります。
事前に所有権を移転するには生前贈与や家族信託の方法がありますが、注意が必要なのは生前贈与による場合も家族信託による場合も、また所有権は移転せず代理による売却の場合もすべて親子間の契約が基になるので、認知症になり判断能力が落ちた後はこれらの方法は利用することができないということです。
もし判断能力が無いのに無理やり代理行為に及んだり、生前贈与や信託の契約をすると後で法的な責任を問われ、損害賠償を請求されるなどの危険も出てきます。
判断能力が落ちて親が契約行為ができなくなった後は成年後見制度を利用するしかなく、こちらはかなり面倒なことになるのでできれば利用せずに済ませたいところです。
認知症の危険が出てくる前に、代理や生前贈与、信託などを利用して売ることができるように、早めに親と意思疎通を図って相談しておくことが望まれます。
まとめ
今回は親が所有する実家を子どもが売る方法について見てきました。
親の判断能力が落ちる前か後かで、手続きの難しさや煩雑さががらりと変わりますから、認知症などになる前に子が売ることができるようにしておきたいものです。
認知症と一口に言っても判断能力の低下具合は個人差もあり微妙な判断が必要になることもあります。
実家を売ることがすでに決まっている場合には、親の高齢化が進む前に速やかに対処することが求められます。